久保田スラッガーの歴史-1982〜現在

前回の記事では型付けが考案される1968年から、グラブのウェブが開発される1979年までを紹介しました。徐々に、現在の久保田スラッガーのグラブに近づいてきていますね。今回は1980年〜現在までを振り返ってみたいと思います。

【1982年】
○もともとのグラブは補球面(指また)の革が短く、グラブを使ってると破けてしまうものが多数あった。それをうけて、人差し指と中指の間の補球面の革を背面まで伸ばし破れにくい設計構造にする。

○手の大きさや指の長さは人により異なるため、まず、グラブを使う人の親指にどんな手の大きさや指の長さでも対応できるように、親指の掛け紐をワイドにして親指に確実にフィットするように改良する。

○ウェブの柔らかさを出すのと同時に球際のボールがウェブの先端に引っかかるようにウェブの先端を改良する。

【2002年】
○社団法人全国野球振興会の広岡達朗氏(元プロ野球監督)が推進して、共同で軽くて使いやすくて、そして安価なトレーニンググラブを開発する。現在もこのモデルは人気で、品薄状態になることもしばしば。

○手の小さい人やグラブにしっかり指をいれないで使う人のために、小指掛けの位置を下げるよう改良する。

【2003年】
バスケット型のウェブを全て革紐で編みこむようにし、さらに柔軟性があがり、デザイン的にも優れたものとなる。

以上が、現在までの久保田スラッガーの歴史となります。40年以上かけて現在のグラブになっていった様子がおわかりいただけたでしょうか。40年前も今もグラブに対する情熱が変わってない、ほんとに野球を、野球人を愛してるということがうかがえます。こういった取り組み・思いが、現在の久保田スラッガー人気を生んでるといっても過言ではないでしょう。
posted by 久保田スラッガー大好き人 at 00:00 | 久保田スラッガーについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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